「ジョホール水道の水は大島郡(山口県)の海の水と続きじゃろうの」
渡河戦に参加したある兵の言葉
シンガポールに住みながら毎年この時期になると思いを馳せる事柄があります。
それは旧正月のことではありません(笑)。
今から68年前、日本軍がマレー半島を南下しジョホールから対岸のシンガポール島への渡河戦を開始したのは2月8日の24時です。つまり9日の午前0時。
記録によりますと、第一歩を記したのは第五師団の最右翼を渡河した四二連隊で、上陸は9日午前零時25分だったようです。
御田重宝著「マレー戦・後編」(徳間書店)の中に、その最初に渡河した四二連隊第六中隊第一小隊長の末貞四郎少尉の回想が載っています。
「午後十時、後二時間もすればジョホール水道の弾幕に飛び込んで行く決死の一団である。しかし少数なりといえども歴戦の精鋭である。いつものことながら、戦闘加入前の気分には慣れ過ぎるほど慣れている。缶の直径二十センチ、深さ三十センチもある敵さんのパイ缶(*パイナップルの缶詰)のふたに銃剣でチョンと穴を開け、中の汁だけ吸っては隣の兵に回している分隊もある。
『ジョホール水道の水は大島郡(山口県)の海の水と続きじゃろうの』と郷里のことなどを思い出している兵もいる。
『瀬戸内海の魚が遊びに来ているかも知れんぞ』と言えば、漁好きの藤川一等兵がそばで漁の自慢話をする。
『藤川と佐々木、漁の話はいいが、今夜の信号弾、青と赤を間違えるなよ』
『はっ、まかせいであります』
午後十時五十分、
『六中隊集合』
指揮班から伝令が来る。
『さあ、やろうぜ』
一同は背負い袋を負い、暗やみのゴム林東方に面して集合した。」
思い出してあげてそして感謝を捧げる、これってとても大事だと思います。ご縁があって私はこの土地に住まわせて頂いて、働かせて頂いて、そして生かされています。その全てに感謝を捧げて今週も楽しく歩いて行こうと思います。
シンガポールはいよいよ旧正月のお休みモード。人と会えば、「旧正月どうすんの?」という話に必ずなります(笑)。うちの場合は月末に引越しを控えているので、旧正月の休みは荷造りで終わってしまうような気がしています(笑)。
もし宜しかったら「ポチッ、ポチッ、ポチッと」お願い致します。
今日も有り難うございました!
<PR>『勤務地シンガポール』の求人案件情報だけを集めたサイト。就職活動や面接にお役立て下さい。
<PR>シンガポールの採用企業さんへご提案。紹介料が一律S$3,000の定額制人材紹介サービス。