『余は今まで禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。
悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて
居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で
生きて居る事であった。』
正岡子規
今週の言葉は明治を代表する俳人で歌人、正岡子規の言葉です。上の言葉は当時発行されていた新聞「日本」に連載されていた随筆「病牀六尺」の、全127回中、第21回に書いた文章の中に見られるようです。
子規は33歳ころから結核が体中に広まり、寝たきりの状態になったそうですが、上の「病牀六尺」という名作は新聞「日本」に明治35年5月5日から9月17日まで毎日連載されたもので、それはすなわち、35歳の若さで亡くなる2日前まで連載されたものだそうです。
「病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。僅に手を延ばして畳に触れることはあるが、布団の外へ足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅に一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢なさ、其でも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限って居れど、其さへ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪にさはる事、たまには何となく嬉しくて病苦を忘るる様な事がないでもない。年が年中、しかも六年の間世間も知らずに寝て居た病人の感じは先ずこんなものです・・・」
想像を絶する苦しみの中で見出した子規の悟り、「如何なる場合も平気で生きていること」。この言葉から力をもらい今週もしっかり生きようと思います。
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