『仏教で慈悲というと、仏が衆生をあわれみ、いつくしむこころをいい、
さらに衆生に楽を与えるのが慈であり、衆生の苦を抜くのが悲であるという。
すなわち与楽(よらく)を慈といい、抜苦(ばっく)を悲という。』
鎌田茂雄著「観音のきた道」
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観音のきた道 (講談社現代新書) |
| クリエーター情報なし | |
| 講談社 |
例の如く古本屋の「この棚どれも1.5ドル」の本棚で目に留まった本です(笑)。カバーが無くなっているのは残念でしたが、読み始めてみると結構面白い。
近年自分の内底から湧いてきた何かがきっかけとなって現在の興味とこころは神道へ回帰しているのですが、若い頃は、それこそゴーギャンではないですが、「自分はどこから来てそしてどこへ去るのか」という命題を真剣に考えて居て、興味とこころは仏教へ傾斜していました。そのころタイとスリランカの仏教遺跡を廻ったのそれが縁でした(笑)。
さて「観音」ですが、シンガポールでも「観音信仰」は大変盛んです。旅行者用ガイドブックにも必ず載る「観音寺(クワンイン・テンプル」はあまりにも有名です。住宅街を散歩すると、家の中に大きな観音像を祀っている華人系のお宅も多々目にします。お願いする内容は何であれ(笑)、観音様はシンガポールでも大人気です。
シンガポールで目にする観音像は、多くの場合柔和なお顔をした女性のように描かれているせいか、観音は女性の菩薩だと思っている人が多いようですが、実はそうではないようです。一瞬「えっ!?」という感じですが、一方で観音は男性でも無いそうです。
「男性にも女性にも、ありとあらゆる姿に刹那に現じるのが観音の相(すがた)P20.」、「観音の真の相(すがた)は何かといえば、それは宇宙の生命そのものであろう。それは無相なものである。虚空のようなものであるといってもよい。形はないのである。無限の生命そのものが観音の本質だと考えてよい。P22.」だ、そうです(笑)。
さて、10月もあっと言う間に後半戦です。できるだけ慈悲のこころで接することができるよう精進して生きたいと思っています。
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